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最近は特に、イタリアのどこどこ州や県に限定して、とことんこだわってる新しいお店が増えて、流石東京だなあと思います。

僕も80年代後半Firenzeにいましたので、93年オープンの年からトスカーナの料理を中心にやっていましたし、ワインも一時は、トスカーナのものだけしかおいてない時もありました。

オープンしてから数年後、店がある程度軌道に乗ってからは、できるだけ毎年スタッフとイタリアに行くようにしていましたが、もちろん行き先は必ずFirenzeでした。

住んでいる時に仲良くなり、僕の結婚式にも出てくれた、元サッカー選手でランプ屋のオヤジのマウロに会いに行くと言うのが、正しい言い方だったかもしれません。

Firenzeの町並みは確かに素晴らしいけれど、日本に戻ってからは、年に一度、彼と会い、馬鹿な話で盛り上がりに行くのが旅の主な目的でした。

彼の訃報が店の営業中にイタリアから届いたのは、確か1998年。

その年以降イタリア研修は度々行いましたが、Firenzeに行く事はありませんでした。

2011年その時のスタッフがどうしてもFirenzeに行きたいと言う事で、僕も渋々久しぶりのFirenzeへ。

彼のランプ屋さんがあった細い通りは、僕が住んでいた頃は、道の両側ほぼ知り合いでしたが、街並みは変わらずとも、もう誰も知り合いはいませんでした。マウロのランプ屋も看板だけが残っていて、中はがらんどうでした。

Firenzeにはもう2度とくるまいと決めた旅でした。

2017年6月仲良くしてもらっている、カルミネシェフの経営するアグリツーリズモに行ってきましたが、見えない糸に引っ張られるのか、その場所は、Firenzeの郊外です。

ただし今回は街中には足を踏み入れませんでした。

と言う事で、僕の中の郷土料理はトスカーナなのですが、ここ数年は、イタリアつながりの人の紹介で、イタリアの家族やワイナリーで、家庭料理をご馳走になることが多くなり、現在は、どこどこの地方と言う形ではなく、誰々のお料理と言う形で、作らせてもらってます。要するにスーパーコピーですが、味を再現するって、経過した時間とともに、ずれて行くので、真似は真似で大変なんです。そんな時は作ってくれた人の顔や、会話を思い出しながら、作ります。

このお店はイタリアのどの辺りのお料理何ですか?と言うご質問もたまにあるのですが、今書いたような理由で、今はイタリアのどこと言うより、誰と言う形になります。

でもその事にはとっても満足してますし、メニューの全てではありませんが、人を思って作るって、楽しいです。